美人女将がまぼろしを売ってくれる「まぼろし屋台」、知ってる?

いつの間にか出現し、いつの間にか去っている。さらに、提供してくれるものも、「まぼろし」だという。東京の都庁前から神戸の六甲山まで、さまざまな場所に出現しているまぼろし屋台に迫る。

Art | 2017.03.01

東京・新宿都庁、神戸・六甲山、名古屋・久屋大通。日本各地で美人女将の屋台がいつの間にか出現し、いつの間にか去っているという。しかも、売っているのは「まぼろし」。さらにそのお代もまた、「まぼろし」。一体なんなのだろうか?その「まぼろし屋台」に迫った。
「お代はまぼろしで構いません」。まぼろし屋台、冬の記録。
2016年12月新宿都庁前、オフィス街から帰宅を急ぐ人びとが歩く中、一台の屋台が出ていた。屋台には「幻」と書かれ、営業中の札がかかる。女将と思わしき赤い服を着た一人の女。「高度経済成長期のまぼろしお一つ、いかがですか~?」、歩く人びとに声をかける。チラッと見てから少し足を止める人や、そのまま帰宅の足を進める人。
足を止めた人には、女将が歌謡曲のレコードをかけ、人生相談に乗るなど、さながら昭和のスナックのようなリアクションで接客をしている。お客さんの帰り際には、「いえいえ、お代もまぼろしで構いません」。

撮影:林ユバ

閉店の時間になり、店仕舞いをする女将に屋台について尋ねたところ、「これはまぼろし屋台です。高度経済成長期のまぼろしを売っているんです。」との答え。ますます謎が深まるばかり。詳しい話を聞くために、彼女が時折アルバイトしているという新宿ゴールデン街のバーを訪ねた。
新宿ゴールデン街で、まぼろし屋台の女将の正体に迫る。
女将は菅沼朋香という名前で、東京藝術大学大学院の先端芸術表現科に在学中だという。まぼろし屋台のことについて、彼女自身のことについて、尋ねた。

撮影:林ユバ

ーー高度経済成長期のまぼろしとは何なのですか?
昭和の高度経済成長期は、今日よりも明日がもっと良くなると誰もが信じていた時代でした。私がそのまぼろしを売り、お客さんがまぼろしで払うんです。
ーー何故まぼろしを売るんですか?
私は自分が生まれるより前の高度経済成長期に憧れています。でも、過去が良かったとするのならば、今日より明日がもっと悪くなるという事になってしまう。前向きに新しい未来を作るために、活動をはじめました。
なぜ高度経済成長期に憧れているのか。それを理解するためには、彼女の過去について確認する必要がある。
就職、リーマンショック。鬱状態での昭和との出会い、スナックを経て東京藝術大学へ。
菅沼朋香は1986年生まれ。小学1年生の時にバブルが崩壊して以降、平成不況の中育った。
名古屋芸術大学を卒業後に広告代理店の営業として働き出したが、すぐにリーマン・ショックが発生。会社への影響は大きく、馬車馬のように働いても一向に業績が回復しない日々が続いた。徐々に精神状態が悪化していった彼女は、自分が鬱病ではないかと感じる状態になってしまった。ところが、営業中にふと純喫茶に立ち寄ったことにより人生が変わった。アール・デコ調の内装やカラフルでポップな照明、老若男女がたわいもない世間話をしている姿など、効率化された現代には無いものばかりがそこにあった。それ以降、取り憑かれたように街中に埋もれた昭和らしさを探し、そこで出会うコミュニケーションによって精神状態が回復していったのだ。
その後広告代理店を退職、名古屋芸術大学の助手をしながらスナックのホステスとして働きはじめる。そこではカラオケで歌われる歌謡曲を通じて見ず知らずの人同士が通じ合い、濃厚なコミュニケーションを展開していた。カラオケボックス世代では経験したことのない、偶然による一期一会の縁が人生に無限の可能性を与えてくれるように感じた。純喫茶、スナック、歌謡曲。それらの多くは昭和の高度経済成長期に作られたものだった。自分が生まれるより前の時代に憧れると同時に、現代ではなぜこのような文化が薄れつつあるのかを考えるようになったのだ。
そして、これらの疑問を美術作品を通じて社会に投げかける為に、東京藝術大学の大学院に入学した。
再び、作品について聞く。
生活と芸術の一致を目指し、自分そのものを作品にした女。
ーー表現のテーマは何ですか?
表現のテーマは「高度経済成長期に習う過剰な大量生産・大量消費に対する問題提起と日本の風土に合う生活の提案」です。高度経済成長期は大量生産の始まりの時代だけど、現代のような過剰なまでの大量生産は行われておらず、良い物を作れば売れる時代でした。日本の風土に合う生活というのは、稲作中心の暮らしから生まれた四季折々の日本文化のことです。現代では工業化が進むにつれて農業に関わる人が減り、そのような文化が薄れてしまっている。高度経済成長期は、例えば昭和レトロな炊飯器にお花の絵が描いてあったり、工業化と日本の風土に合った生活が共存していた限定的な時代だったと考えています。高度経済成長期の魅力的な部分をいかに現代の生活に取り入れて新しい未来を作るか。それを私自身が自分の生涯をかけて実践して、人生の再現ドラマとしてアーカイブして作品にしています。誕生から現在までを「都会編」、以降「国際編」「移住編」と続いていく予定で、生活と芸術の一致を目指しています。まぼろし屋台は「都会編」に登場する作品です。

都会編&国際編&移住編のビジュアル

つまり、「まぼろし屋台」とは「生活と芸術の一致」を目指すアーティストの菅沼朋香が、その人生を賭した試みの最初の一歩ということになる。そしてそれは、現代社会へのアンチテーゼとして昭和に発生していたコミュニケーションを体験させるために、「まぼろし」を売り、そのまぼろしを通じて菅沼朋香と客で、失われたコミュニケーションを再現するツールである。それでは、まぼろし屋台ではどのようなコミュニケーションが発生しているのか。
「人生なんてまぼろしみたいなものよ」、と言うおばあちゃん。
ーーまぼろし屋台をやっている中で、印象的だったお客さんとのコミュニケーションはありますか?
名古屋でまぼろし屋台をやっている時に、鬱病のおじさんが来てくれて「君はまぼろし屋さんなんだね。そうかそうか。まぼろしは手に入らないから嬉しいね。まぼろしの半分は君からもらったから、残りの半分は自分で現実にしなくちゃいけないね」って言ってくれたんです。まぼろし屋台は、一期一会の瞬間をまぼろしを通じて売り買いしているので、これは印象的でした。
他にも、90歳のおばあちゃんが来てくれて、「人生なんてまぼろしみたいなものよ」って言ってくれたり、いろんな人がいました。
ーーまぼろし屋台が生活と芸術の一致、という表現における最初の一歩だとすると、今後展開される「国際編」と「移住編」ではどのようなことをするんですか?
「国際編」は、未来への展望のため未だ見ぬストーリーなんですが、国際的な問題である過剰な大量生産・大量消費や自国の風土に合った生活の提案を行う仲間を見つけて、さらに表現範囲を広げていきたいと思っています。そのためにポスターでは、アメリカ人のジャスティンと、スペイン人のパトリシアに登場してもらっています。「移住編」では父が継がなかった長野県の家に移住するという生活を想定しています。都会の生活の中では提案することのできなかった食と住居の問題に対しての提案を行おうと思っているんです。そこでは、私が個人事業主として四季折々のカラフルな装いを提案する服飾ブランドを開業し、インターネットを利用した通販を行いながら自給自足に近い生活を送りたいと考えています。
「生活と芸術の一致、という壮大なテーマの第一歩だったまぼろし屋台。話の中で、まぼろし屋台のフランチャイズ展開(!)なども話題に上り、今後も菅沼朋香はさまざまな試みを行っていきそうだ。最後に、2017年1月に行われた、芸大の卒業・修了作品展で上映された映像や、展示の様子をご紹介する。
ニューロマン映像 (都会編)

展示の様子 (撮影:林ユバ)

展示の様子 (撮影:林ユバ)

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anTeNT編集部
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