時空を超え、現実を忘れ、人々が集う場所。昭和レトロの面影を残すサロン「新宿カールモール」のすべて。

重厚な木の扉、赤い絨毯、豪勢なステンドグラスの照明・・・・2階建ての空間に窓一つなく、昭和レトロを強烈に残したお店のマスターとマダムのインタビューを交えて知る、昭和レトロのサロンのすべて。

Shop | 2017.05.25

重厚な木の扉、赤い絨毯、豪勢なステンドグラスの照明、大理石のテーブル、国会議事堂と同じ金華山の壁紙。色濃く残った昭和レトロの面影。老舗の洋食屋を彷彿とさせる料理。2階建ての空間に窓は一つもなく、今が何時なのかもわからない。時空を超えて、現実を忘れて、人々が集う場所。ここは1970年から続く老舗ライブサロン・新宿カールモール。
時空を超えるライブサロン・新宿カールモール
まずはその写真からご紹介したい。

異空間へと続く入り口。ショウケースと看板が、怪しく光る(photo by masayuki)

1階。ワークショップや控え室として使用されている(photo by masayuki)

2階へと続く階段。真っ赤な絨毯が印象的だ(photo by masayuki)

主にライブなどが行われる2階のバーカウンター

2階のフロア。ライブ用のスピーカーとスポットライトがあり、ピアノも常設している

昭和レトロな雰囲気を生かしたイベントを開催中
1970年に新宿一丁目に誕生した新宿カールモールは、音楽ライブ、朗読、お芝居、トークショーなど幅広いジャンルの公演が楽しめる場所となっている。アーティスト写真やミュージックビデオの撮影で使用されることも多い。
出演アーティストや開催されるイベントは、昭和レトロな雰囲気との親和性が高い。例えば、「昭和の夜明け」というイベント。「高度経済成長期の熱き心を現代に」というテーマで、昭和を愛するパフォーマーによるライブやトーク、DJが盛り込まれている。

DJセットも常設しており、レコードも流すことができる(photo by Pirock)

昭和歌謡ロックンロール・マニーショウを掲げる蛇沼金融(photo by Pirock)

夜・酒・恋のムーディーな世界観をコンセプトに、オリジナルのニュー歌謡を演奏する斉藤ネヲンサイン(photo by 林ユバ)

開店当初からカールモールを見守ってきた「マスター」
創業から47年。カールモールの深い歴史を紐解くには、まずは「マスター」に話を聞かなくてはならないだろう。
カールモールの創始者であり、アイドル的存在の「マスター」こと小倉恒克さんは、現在78歳。ラフなシャツ、白髪に古いキャップを被って、まん丸の目でくるくると変わるひょうきんな表情。咽頭癌が原因で通常の発声が困難となったため、増幅器を喉にあてて話す。親しみやすいキャラクターで、いつも、誰とでも気さくに話してくれる。「マスター」に会えるのを、お店に出入りする人々は皆楽しみにしているのだ。
小倉さんは、料理も担当している。メニューはカレーやパスタ、ピザなどの洋食が中心。昔ながらのレシピで、「お腹いっぱい食べなさい」という小倉さんのメッセージを表すように、豪快な量と味付けが特徴だ。
営業中に料理の注文が入ると、スタッフは小倉さんにメールで伝える。「ピザ2つお願いします」とメールをすると、即座に「了解」と返信がくる。まもなくキッチンから食欲をそそる匂いがしはじめ、具材で溢れんばかりのピザを持って「マスター」が現れる。そんな光景が、カールモールの日常である。

78歳独身のマスター。添い寝相手を募集中!(photo by masayuki)

ライブサロン・カールモールができるまで
小倉さんに「マスターとカールモールのこれまでについて教えてください」とお願いして、お話を聞かせてもらう。インタビューは「ぼくは敗北者」と書かれた筆談の紙から始まった。
小倉さんは、東京生まれ。若き日は東大出身の父親の背中を追いかけ、自身も東大受験を志していた。しかし、不合格が続き、3年を浪人に費やすことになる。4年目には、兄に説得され青山学院大学に入学した。彼にとって、最初の大きな挫折だったそうだ。
大学卒業後は、博報堂に入社し、3年で退職。そのまま、あてもなくアメリカに渡り、バークレー音楽院、スタンフォード大学、カリフォルニア大学などの講義に潜り込んでは授業を聞く日々を続けた。最後にたどり着いたニューヨークでは、日本人の小売り業を営む男性に雇われ、豆腐を作っていたそうだ。
ある日、豆腐屋のお客さんから「今、国連で人を募集しているから、今すぐ行って試験を受けてこい」と言われた。試験を受けると、合格。そこからは国連で働き始める。国連の議会サービス局で全世界の会議を調整するため、5年で60カ国を回った。
波乱万丈な20代を経て、日本に帰国したのは31歳のとき。「カールモール」は、帰国した年から始めた。当初はピアノとハープの生演奏のあるパブとして営業していたそうだ。お店をやり始めた理由は、「自分の慣れていないことをやろうと思ったから」。博報堂から受けた再就職のオファーも、その理由で断った。
カールモールの経営が軌道に乗ったきっかけは、38歳のときの結婚だったという。相手は銀座でホステスをしていた女性。結婚を機に共に店の経営をするようになった。
「彼女がきてからお店はものすごく流行ったね。バブルだったこともあってね。彼女はカールモールの礎を築いたんだよ」
 小倉さんは懐かしそうに話す。そこから20年近く、バブルが崩壊したあとも、二人で力を合わせて店を切り盛りし、賑やかに日々は過ぎていった。
だが、60歳を過ぎた頃、悲しい出来事が起きる。奥さんが、癌で他界したのだ。そして、その数年後、今度は自分が咽頭癌になり、声を失った。
その後、小倉さんが72歳のときに常連だった小林宏美さんに経営を譲った。彼女はカールモールの「マダム」となり、小倉さんは「マスター」として料理の担当になった。こうして、今日に続くライブサロン・カールモールの新たな日々が始まったのである。
カールモールは僕の人生
「人生に意味なんてないんだよ。だって最後にはみんな死んじゃうんだから。」
インタビューも終わりの頃、突如として、増幅器を当てた小倉さんの喉が発した。過去の振り返りの中で思い当たったことなのか、いつも反芻していることなのか。言葉の深さに溺れそうになる。どうすれば良いかわからず、曖昧に笑って、聞いてみる。
「カールモールやってよかったですか?」
結論は勢いよく飛び出した。
「よかったとか悪かったとかじゃないね。カールモールが僕の人生だから」
いつもきらきらと眩しいまん丸の目が、穏やかな光を湛えていた。悲しみも喜びも受け入れた、深い湖のような目だった。
現在のライブサロン・カールモールを切り盛りする「マダム」
もう一人、現在のカールモールを語るうえで欠かせない人物がいる。先のマスター・小倉さんの話にも出てきた小林宏美さんである。彼女は、お客さんやスタッフから「マダム」と呼ばれている。名刺にも、「マダム」。店長ではなく、「マダム」という響きがカールモールの雰囲気にぴったり合っている。お洒落でレトロな古着を好み、バーカウンターに立つ姿も絵になる。

バーカウンターの中でお酒を作るマダム。(photo by masayuki)

カールモールを愛するお客さんから、カールモールの「マダム」へ
小林さんは、元々カールモールに通っていたお客さんだった。その当時はアコーディオンの弾き語りをしており、カールモールの下にあるライブハウス・新宿HEADPOWER(現在はWild Side Tokyo)に出演したのをきっかけにカールモールを知った。昭和レトロなものが好きだったこともあり、気になっていたそうだ。やがてマスターとも仲良くなり、飲みに来たりライブをするようになる。
マスターに「お店をやらないか?」と言われたときは、大好きなお店だったからこそ、「自分にできるのだろうか」という迷いもあった。しかし、最後は「このお店がなくなるのは嫌だ」という気持ちが勝って引き受けることにした。
2011年8月。小林さんは「マダム」としてカールモールの経営を引き継ぐ。小倉さんの時には月2〜3回だったライブイベントを増やしたいと奔走した。音楽共有サイトにアップされた音源をひたすら聴いて、出演者の募集をする日々が続いた。自分が出演者としてライブハウスに出ていたことはあっても、働いていた経験はない。ノウハウも全くわからない中、持ち前の明るさと行動力を生かし、試行錯誤を繰り返した。
2012年4月。初めてのイベントは、シャンソン歌手の蜂鳥あみ太さんと高橋絵実さんの出演したライブだった。バーレスク、ベリーダンス、落語、占いなど、このころからバラエティ豊かなイベントを開催していた。
2013年頃からやっと、それまでの出演者が新しい企画を持ち込んだり、口コミで出演者が集まったりして、毎週末イベントが開催できるようになったという。
「常に新しいことをやっていかなくては」と考え続ける中で、たくさんの出演者に出会い、たくさんのイベントを企画した。その中には、カールモールを飛び出して日本各地で開催されるようになったイベントもある。先に挙げた「昭和の夜明け」もそのひとつだ。大好きな「昭和レトロ」をキーワードに、主催のトヨ元家さんと共に始め、共に育ててきたイベントである。
唯一無二のイベントを考案してきたマダムの発想力
これまでの印象的だったライブイベントを聞いてみる。「目隠しの夜」「リクルートの夜」「さかさまの夜」「ワンスプーンディナー」というタイトルだけでも面白そうな名前が並んだ。「目隠しの夜」は、お客さんに目隠しをして聴いてもらうライブイベント。出演者は、好きなタイミングでお客さんに目隠しをしてもらうことがきる。「リクルートの夜」は、お客さんをグループに分けてそれぞれ『会社』になってもらい、演奏終了後の出演者に『面接』をする。すべてのイベント終了後に、会社(お客さん)にどの出演者がほしいかを聞く。「さかさまの夜」は、お店の備品がいつもとはさかさまに置かれ、出演順も一般的に考えられるものとはさかさまにするというイベント。「ワンスプーンディナー」は、出演者を前菜・スープ・主菜・デザートに見立て、それぞれの演奏前に実際に作られたワンスプーンディナーを食べる。『前菜』の人の前には本物の『前菜』を食べる。イベントが終了すると同時にフルコースを堪能できるというイベントだ。
 なんとも発想力豊かなラインナップ。「いいイベントというのは、人がいっぱい入ったということだけじゃないと思う」と語る小林さんならではの着眼点だ。
「勝手にワンマンライブ」というイベントも開催されたことがある。出演者には、当日まで複数出演者がいるライブのように連絡しておく。しかし、当日お店に来たら自分のワンマンライブがセッティングされている、というサプライズ企画だ。集客からセットリスト、会場の飾り付けまで、お店で準備した。ターゲットになったのは、小林さんがマダムになってから一番長い付き合いの出演者である田中一世さん。実は、この日は田中さんの誕生日で、小林さんとスタッフの関根さんが「満員のお客さんの中でワンマンライブをやってあげたい」という気持ちから実現させた。
「彼は荒削りだけど、とてもまっすぐ。かっこ悪いところもすべてさらけ出した、心に響く歌を歌います。最古参の出演者で、今も毎月出演してくれています」と小林さんは優しい目で語る。田中さんにそのことを伝えると、「東京ドームでやる日が来ても、カールモールには出続けたいと思っています」という言葉が返ってきた。出演者との厚い信頼関係を感じるエピソードだ。

「西新宿の野良犬」の威名を持つ田中一世さん

今後は、よりいろんな人の集まる「サロン」を目指したい
最近は、音楽イベント以外にも演劇や朗読などで利用する方が増えているそうだ。「気軽にいろんな人が集まる、サロンのような場所を目指したい」とのことで、新しい試みとして、マダム主催のバータイムを定期的に実施していく予定。もちろん、ただのバータイムではない。買ってみたものの足が痛くて履けないハイヒールを持ち寄り、見せ合ったり履いて撮影会をしたりする「ハイヒールナイト」。海外旅行の勢いで買ってしまったものの、帰国したらなんで買ったのかわからない…そんな珍品を持ち寄る「海外のお土産買っちゃいました」など。今後も随時増えていく予定だ。
「皆さんが楽しんで使ってもらえるのが一番。イベントはもちろん、ワークショップを開催したい方、サークル活動の拠点を探している方、カールモールで一日店長をやってみたい方なども募集しています。」
 気になった方はぜひ一度、カールモールのバータイムに参加してみてほしい。親しみやすい小林さんとの会話で、きっとまたここへ帰ってきたくなるに違いない。
《ショップ情報》
●ショップ名
ライブサロン・カールモール
●ウェブサイト
http://karlmohl.net/
●電話番号
03-3352-9808
●住所
東京都新宿区新宿1-34-13 貝塚ビル1F
●アクセス
▽東京メトロ丸ノ内線「新宿御苑」駅より徒歩5分
▽都営新宿線「新宿三丁目」駅より7分
▽地下鉄出口新宿三丁目「C7出口」
地下鉄新宿三丁目C7出口を出て、正面の交差点を右折。そのまま5分ほど直進。カフェベローチェを越して、カクヤスを過ぎちゃんこ屋両国の隣の貝塚ビル。旧厚生年金会館の向かい側

KEYWORD

WRITER

蓮理
蓮理
歌手、朗読家、女優、作詞家、ライター、お菓子作家、イベンター。 声は、見た目から想像する声の3倍低いと言われ、嘘も本当に聞こえる不思議な説得力を持つ。 2017年3月に打ち込みやジャズを取り入れたアルバム「前夜」を発表。 深夜の媚薬をテーマにしたお菓子ブランド「夢見菓子」、朗読舞踊歌劇「おとぎのてほどき」の運営もしている。
歌手、朗読家、女優、作詞家、ライター、お菓子作家、イベンター。 声は、見た目から想像する声の3倍低いと言われ、嘘も本当に聞こえる不思議な説得力を持つ。 2017年3月に打ち込みやジャズを取り入れたアルバム「前夜」を発表。 深夜の媚薬をテーマにしたお菓子ブランド「夢見菓子」、朗読舞踊歌劇「おとぎのてほどき」の運営もしている。

anTeNT on SNS

FacebookTwitter
instagramLINE
さまざまな情報をお届けしています。

RECOMMEND FOR YOU